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千葉地方裁判所 昭和47年(ヨ)99号 判決 1973年3月07日

申請人

藤村邦彦

右訴訟代理人

石井元

外一名

被申請人

東洋合成工業株式会社

右代表者

木村正輝

右訴訟代理人

村田寿男

主文

本件仮処分申請を却下する。

申請費用は申請人の負担とする。

事実《省略》

理由

一、被申請人は肩書地で石油化学製品等の製造業を営む株式会社であり、申請人は昭和四五年一月ころ右会社に期間の定めなく雇傭され、同会社従業員として右製造等の業務に従事していたこと、被申請人会社は昭和四七年四月二〇日申請人に対し、同人が同月一五日同会社購買課長小栗利雄の正当な注意に対して暴力をもって反抗し同課長に傷害を与えたことが、同会社就業規則第二七条第三号、第九号および第一二号の懲戒事由に該当するとして、書面をもつて懲戒解雇の通告をなしたこと、以上の事実は当事者間に争いがない。

二、そこで、右懲戒解雇を無効とする申請人の主張について、以下順次検討する。

1、申請人の行為は、就業規則の前記条項のいずれにも該当しないとの主張について

(一)  <証拠>の就業規則には、第二六条に「制裁はその情状により次の区分に従って行う。」とし「(1)譴責 (2)減給 (3)出動停止 (4)懲戒解雇」が規定され、また同規則第二七条には「従業員が次の各号の一に該当する時は、、その情状に応じ前条の規定による制裁を行う。」とし、第三号に「素行不良で会社内の風記秩序を乱した時」、第九号に「会社の名誉、信用をきずつけた時」、第一二号に「前各号に準ずる程度の不都合な行為をした時」と規定されていることが一応認められる。

(二)  そこで、本件懲戒解雇の理由とされた前記申請人の所為が、右就業規則の懲戒解雇に値するものかどうかについて判断するに、<証拠>を総合すると、次の事実が一応認められる。

申請人は、被申請人会社の独身寮(曙寮)に居住し、そこから肩書地に所在する同会社の工場に会社のマイクロバスで通退勤していた。右寮には食堂が完備し寮生に対し食事を給していたが(欠食届が出されていない限り食事を用意することになつている。)、申請人は昭和四七年四月一五日朝、たまたま朝寝坊したため、寮の食堂で朝食をとる時間的余裕がなくなり(したがつて、欠食届は出されていない。)、朝食をとらずに午前七時四〇分始発のマイクロバスに乗車し、同八時一五分ころ工場に到達した。被申請人会社は昼夜三交替制で、当日の申請人の始業時間は同八時三〇分であつた。

申請人は直ちに作業服に着替えたうえ、朝食をとるべく工場内に併設されている社員食堂に赴き、賄婦の承諾を得て自分で食器に米飯を盛付けこれを食台に置いて賄婦に総菜を要求していたところ、そこに夜間勤務を終えた小栗課長が食事に来合せ、同課長はまず即席ラーメンを食べようと準備していた従業員の清水和幸に対し「朝食は寮で食べてこい。」と注意し(同人は返事だけで注意に従わなかつた。)、次いで申請人に対し「君は夜勤だつたのか」と尋ね、申請人が夜勤ではないと答えると、「夜勤でなかつたら御飯を食べてはいけないではないか、寮で食べてこい。」などと二度三度注意した。

ところで社員食堂では朝食は夜勤者用のみしか準備しないが(このことは寮生も知つていた。)、いつも二、三人分余分に準備しているので、寮生は寮で朝食をとらないで出勤すると、賄婦の了解を得て(賄婦は余剰を見越したうえで承諾を与えていた。)右食堂で朝食をとるのが常態となつており、なかには前記清水和幸のように、会社が夜勤者の夜食用に配布した即席ラーメンを食するものもあつたが、会社では昭和四六年一二月の課長会議でこのようなことのないよう今後注意して行くことを申合せたものの、これを厳しく咎めると、却つて労務管理上好ましくないと考え殊更注意することはしなかった。なお小栗課長自身も、右課長会議前は再三夜勤でもないのに社員食堂で朝食をとつていた。

申請人は、右のような事情があつたため、すぐには小栗課長の注意に従う気が起らずにこれに応じなかつたが、同課長から前記のように二度三度注意されるに及んで、しぶしぶ米飯を釜に戻し食器を洗い場で洗つていた。ところが申請人は、小栗課長がその後も賄婦と「寮生は寮で食事をしてこなくちや駄目だな。」などと話しているのを聞き、かつとなつて「うるさい」と怒声をあげたうえ、「何に」といつて申請人に小走りに近寄ってきた小栗課長に対し、「てめえも食べているくせに」などといいながら右手で同課長の衿首を掴み、これに対抗して申請人の衿首を掴んできた同課長と取組み合つたまま押し合いへし合いしたあげく、すぐその場に居合せた従業員の朝来野正治と同古作某が二人を引離したが、その引離されようとする際、小栗課長の下腹部を右足の膝頭で蹴り上げ(同課長が避けたので、同課長には触れなかつた。)、さらに同課長の右目上付近を手拳で殴打する暴行を加え、同課長に三日程度の加療を要する顔面打撲傷(右目上が内出血し、瘤が出来た。)の傷害を与えた。右暴行は、社員食堂で食事をしたり、テレビを見ていた約二〇名(ちなみに、被申請人会社の全従業員数は約九〇名、うち工員は約四五名)の眼前でなされ、右従業員らがその現場を目撃した。

申請人は、これにとどまらず、小栗課長が朝来野らに引離された後事務所に行き大竹労務課長に事の次第を話していたところ、間もなくこれを追つて右事務所内に押し入り、「表へ出ろ」と怒声をあげて再び暴行を加えかねない剣幕を示したので、大竹課長らが慌てて申請人を取り押え事務所外に押しだした。右事務所内では始業時にかかつていたので事務員らが同所内を清掃していた。

申請人は、同日直属の上司である松原製造課長から小栗課長に謝罪するよう説得されたが、「あやまる位なら会社を退める。」といつて肯ぜず、翌一六日に至つて日曜出勤していた小栗課長を工場に訪ね漸く謝罪したが、右謝罪も自動車を無免許で運転してくるような状態であり、充分反省したうえでの謝罪のように見受けられないものであつた。

なお小栗課長は、前記暴行を受けた当日、病院で治療を受けた後、右事件を傷害事件として市川警察署八幡駅前交番に届出た(後日申請人は、右傷害事件について、略式裁判により罰金八、〇〇〇円に処せられた。)。

申請人は、昭和四六年春ころも寮内で酒を飲んで騒ぎ、これを寮生から注意されたことに憤慨してその寮生の顔面を殴打したことがあり、また同年夏ころ、寮の前の道路で通行人とささいなことで喧嘩口論したことがあつた。<証拠判断省略>

なお<証拠>を合わせると、被申請人会社は、申請人が前認定の所為に及んだばかりか、そのような所為があつたにもかかわらず改悛の情も薄く、しかも過去においても粗暴な行為があつたことなど諸般の事情を斟酌したうえ、申請人を懲戒解雇に付すべきものと考えたが、その前に本人の将来を慮つて依願退職の方法をとらせようとしたところ、申請人側が応じなかつたのでやむなく前記の如く懲戒解雇の通告をするに至つたことが一応認められ、右認定を覆すに足りる疎明資料はない(被申請人は、本件懲戒解雇を決するに当つて、申請人が被申請人会社に雇傭される以前の同人の行状をも、情状として考慮した旨主張するけれども仮にその主張のような行状があつたとしても、これを懲戒解雇の情状として斟酌するのは相当でないから、かかる行状の存否には言及しない。)。

(三)  以上認定した事実に照らすと、寮の食堂では欠食届が出されない限り朝食の用意をしているのであるから、寮生が寮の食堂で朝食をとらないで出勤するとこれが無駄になる訳であるし、また工場の社員食堂でつねに余分に朝食を準備しているとしても、それはあくまで夜勤者用の朝食であつて、寮生はそれを承知していたのであるから、従来被申請人会社において寮生が寮で朝食をとらず工場の社員食堂で朝食をとることを特に咎めたことがなかつたにしても、小栗課長の前記注意自体は正当なものというべきであり、このことは同課長自身がかつて同様のことをしていたとしても、現在これを改めているのであるから右注意が不当であるとして非難されるべき筋合いのものではない。そして申請人は、小栗課長に二度三度注意されてしぶしぶながらもこれに従つている事実はあるけれども、その後に続く申請人の前記所為全体を通じてみると、同課長の注意が不服でこれに暴力をもつて反抗したものというほかはなく、その行為は性急かつ粗暴であるとともに、直接業務との関連がないとはいえ、始業時直前の職場内において従業員多数の面前で公然と上司に反抗した暴行事件である点で、企業秩序維持の観点からこれをみれば職務執行中の非行と殆んど選ぶところがなく、著しく職場秩序を害するものであるといわねばならない。のみならず安全性の特に要請される石油化学工場のことであり、前掲被申請人会社代表者本人尋問の結果によれば、同工場内で昭和四一年一二月ころ、従業員の遵守事項に違背した不始末とみられる火災事故がすでに発生していることを合わせ考えれば、特に被申請人会社において職場の規律・秩序が一段と重視されるべきことは当然であって、世人の多くも石油化学工場において職場の規律、秩序がつねに十分に保持されるべきことを要請し保持されているものと信じているのであるから、かような職場で上司の注意に対し暴力をもつて反抗するようなことが到底許容され得ないものであることはいうまでもなく、またこのような事実が公になれば、少からず会社の名誉信用を失墜させるに至るであろうことは明らかなところであるといわねばならない。

そうだとすると、申請人の所為は前記就業規則第二七条第三号および第九号に該当しないまでも、右各号の行為に準ずるものとして、少くとも同条第一二号の制裁事由に該当するものと解するのを相当とする。

そして前認定の事実に照らすと、申請人が小栗課長の注意に納得し難いと思うのも無理からぬ事情があるとともに、同課長の言動に申請人を挑発するような点がなかったとはいえず、その他被申請人に同清すべき点がないではないが(申請人は、小栗課長との間に示談が成立したと主張するけれども、これを認めるに足りる疎明資料はない。)被申請人が懲戒解雇をなすに当り、前認定の如き事情を斟酌し経過を経て懲戒解雇の制裁を課すべきものとしたのはまことに相当な処置であり、申請人主張の如く情状の酌量にも欠けるところはなく、右処分が苛酷にすぎたものということはできない。

そうすると、本件懲戒解雇は就業規則の懲戒事由に該当する事実がなく無効であるとの申請人の主張は理由がなく、右主張は採用できない。

2  懲戒解雇権の濫用であるとの主張について

本件懲戒解雇が就業規則の適用を誤つたものでないことは前項に判断したとおりである。そして、申請人主張のように制裁事由を解雇通告後追加する等のことがあつたとしても、それだけでは懲戒解雇が専断恣意的になされたものと認めるるに十分でなく、ほかに申請人の主張を肯認するに足りる疎明資料はない。

そうすると、申請人主張の如く懲戒解雇権の濫用であるとの疎明はないものというべきであるから、右主張は理由がなく採用できない。

3  二重制裁であるとの主張について

<証拠>によれば、被申請人会社は申請人に対し、本件懲戒解雇に先立つ昭和四七年四月一八日、書面(疎甲第六号証)をもって本件懲戒解雇とほぼ同一理由により出勤停止および曙寮待機を命ずる旨通告していることが一応認められる。

しかしながら、<証拠>によれば、被申請人会社は、同月二〇日役員会に図って正式に申請人に対する処分を決するまで申請人に出勤を見合せて貰うことにし、口頭で同人にその旨申し入れたところ、申請人から文書にしてくれと要求され、前記書面を作成して申請人に交付したものであることが認められ、右書面にも「別に連絡するまで」と明記されているのであつて、出勤停止等はあくまで最終的に制裁処分を決するまでの暫定的措置として行なつたことが明らかであり、右措置をもつて独立の制裁処分とみるのは相当でないから、これと異なり、一つの制裁処分であるとの見解を前提にした申請人の右主張は失当であり、採用することができない。

4  就業規則の定める懲戒解雇の手続として、労働基準法二〇条所定の労働基準監督署長の除外認定を経ていないから本件懲戒解雇は無効であるとの主張について

<証拠>の就業規則には、第二六条に制裁の種類およびその内容、方法が定められ、懲戒解雇は「所轄労働基準監督署長の認定を受けて予告期間を設ける事なく、かつ予告手当を支給する事なく即時に解雇する。」ものとされているところ、本件懲戒解雇が所轄労働基準監督署長に除外認定の申請をしたのみで、除外認定を経ないでなされたものであることは当事者間に争いがなく、右労働基準監督署長が同年六月一四日被申請人会社に対し、除外認定しない旨通告したことは、被申請人の明らかに争わないところであるから自白したものとみなされる。

しかしながら、そもそも除外認定制度は、使用者が恣意的に懲戒解雇ないし即時解雇をなすことを抑制するため、かかる場合まずもつて行政官庁の認定を受けるよう使用者側に義務づけたものであり、その本質は事実確認的なものであるから、除外認定を経たかどうかということと、客観的に労働基準法二〇条一項但書に該当する事由が存在するかどうかということとは別個の問題であり、除外認定を受けないで懲戒解雇した場合であつても現実にその事由が存するならば解雇の効力に消長をきたすことはないものと解される。そして、就業規則の前記規定は、その体裁からしてかかる趣旨の労働基準法の規定をそのまま要約しひきうつしたものにすぎないものとみられるのであつて、進んで被申請人会社が懲戒解雇の効力を除外認定の有無にかからせることによつて、その懲戒解雇権の行使に自律的制限を加えた趣旨のものとみることはできない。そうだとすると、すでに判示したように本件懲戒解雇には労働基準法二〇条一項但書の除外事由が存在する訳であるから、除外認定を経ずあるいは解雇後除外認定を否定されたからといつて何らその効力を左右されないものというべきであり、申請人の主張は理由がなく採用することができない。

三、以上の次第で、本件懲戒解雇を無効であるとする申請人の主張はすべて排斥を免れず、被申請人会社が申請人に対してなした本件懲戒解雇は有効であるから、申請人は昭和四七年四月二〇日限り被申請人会社の従業員たる地位を失つたものといわねばならない。

四、よつて本件仮処分申請は被保全権利の存在を欠くものであり、仮処分の必要性について判断するまでもなくその理由のないことが明らかであるからこれを却下することとし、申請費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用し、主文のとおり判する。

(渡辺桂二 鈴木禧八 佐々木寅男)

賃金目録<省略>

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